2014年11月16日
Kyoto Journal
「パンゲアにおける平和技術:ピースエンジニアリング(Peace Engineering at Pangaea)」






パンゲアにおける平和技術:ピースエンジニアリング

世界の子供を繋ぐITを基盤とした新たな取組み
キンバリー ローズ

“世界のこども達が知り合える場所があれば、すべての「xx人」などといった危険なものの見方が減るのではないか?その為に何かできることはないか?・・・という疑問がすべての始まりでした。“ [本文抜粋]
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13年前、森由美子と高崎俊之はマサチューセッツ工科大学のメディア研究所を訪れていた。アメリカでの打ち合わせに参加するべく帰国を数日ずらすことにした森は、ニューアークからサンフランシスコに向かうフライトをキャンセルしていた。そのフライトこそが、2001年9月11日のユナイッテッド航空93便。フライトの変更は二人の命を救ったのみならず、自らのプロフェッショナルとしての道のりを考え直すきっかけとなった。 9月11日以降、森の耳にはイスラム教やアラブ人が如何に“恐ろしく” “危険”な人種であるか、という偏見に基づく声が届いていた。そんな時、ある友人から“何か重要な使命があるから生き長らえたんだ”という言葉をもらう。外人恐怖症やナショナリズムが台頭するアメリカで森は自分に問いかけた。


こうして2003年にパンゲアは設立された。NPO法人として、世界の子ども達が言葉・距離・文化の違いの壁を乗り越えて、個人的なつながりを感じることの出来る遊び場“ユニバーサルプレイグラウンド”— 数百年のように、国境のないひとつの陸地、大陸の世界-を提供している。 この事業の資金調達について、森は考えた。“防衛や軍部の予算のほんの数パーセントを平和促進のプロジェクトに使ってもらえないのだろうか?”
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2002年に私が運営するアメリカのNPOビューポイントリサーチは、京都大学並びに京都の公立学校に招聘を受け、「スクイーク」というモデリングやシミュレーションを行うための無償でオープンソースなソフトウエアを教師や子ども達に紹介する機会をもらった。 MITメディアラボにいた共通の友人の紹介で、当時大川センターCAMPプロジェクト(Children’s Art Museum Project)に携わっていた森、高崎両氏と会い、共同で「スクイーク」を使ってこども、保護者、教師が“E−toy”を作るワークショップをCAMPで行った。


パンゲア設立後も、いかに楽しく学ぶ環境(距離を超えて)、大人や子ども達が一緒に学び、世界中の子ども達がITを使って異なる文化を探る場所を作っていくか、を一緒に考えてきた。私たちの組織が長い関係をはぐくんでいくであろうことは明白だった。 森と高崎は、異なる文化、宗教、国籍を有するこども達の“仲介役”の必要性を感じ、日本で組織を立ち上げることを決意する。 “なぜこれほど強く仲介役の必要性を感じたのか。私たちは人間の多様性を自然に受け入れ、尊重しています。一方、日本人は時に“No”と言えない人種とたとえられることがあります。これにはいい面もあるのです。相手の話を聞き、平和的な議論によって紛争を納めることを良しとする。とても大切で称えられるべき価値観です。だからこそ、この日本が私たちの組織を立ち上げる場所としてふさわしく、ビジョンを共有できる仲間と展開していきたいと思ったのです。”


現在パンゲアは、日本(東京、千葉、京都、三重)、韓国(ソウル)、マレーシア(クチン、バリオ)、オーストリア(ウィーン)、ケニア(ナイロビ)、カンボジア(プノンペン)に拠点があり、500を超えるパンゲアアクティビティと呼ばれる活動に、延べ6,000人の小学3年生から中学3年生までのこども達が参加している。主なパンゲアイベントは無料で行われる終日のワークショップ。通常は土曜か日曜に開催され、9-15歳のこども達が参加し、350名を超える登録ボランティアが世界中からこのアクティビティを支えている。 情報技術と自分たちで構築したコミュニケーション資源を活用し、パンゲアは子ども達が協同で行う活動と共に、こうした活動を支えるソフトウェアやツールを開発してきた。


京都大学、特に社会情報学研究科石田・松原研究室は強力な支援者だ。京都のワークショップでは研究室の設備を提供してくれた。高速な通信速度のおかげで、複数の国からリアルタイムに参加できるワークショップを開催し、例えば京都、韓国ソウルの子供たちが一日中一緒に活動することが可能になった。
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高崎は子ども達の言語の違いがコミュニケーションを制限してしまうことに気づき、コミュニケーションの架け橋となるソフトウェアを開発し、子ども達が安全にメッセージ交換を行うことができるプラットフォーム、「パンゲアネット」を構築した。子供達がEメールを通して、世界各国お互い同士について学ぶために、500以上の「ピクトン」と呼ばれる絵文字を提供する。サッカーボール、微笑んだ顔とハートは「あなたはサッカーが好きですか?」と言う意味につながる。ピアノと微笑んだ顔は子供自身がピアノを演奏することを示している。ピクトンによって、子供達は言葉ではっきりと伝える事が困難なことであっても、自分の感情を表現する事ができる。


ウェブカメラを利用した、ウェブカムアクティビティは、様々なアクティビティ活動を行う各々の拠点を繋ぐことで、リアルタイムに子供たちが交流するようデザインされている。はるか遠い拠点はまるで隣のドアをあけたところにあるかのように思える。知り合い同士である子ども達(ピクトンを使ってパンゲアネットを通じて送ったメールにより以前にから知っていた子ども達)はウェブカムを通して顔をあわせたコミュニケーションを体験し、オリジナルのゲームで遊ぶ事で、より深い絆が得られている事が特徴的である。アクティビティの間は、子ども達自身もまた、自分たちの文化の伝統的な歌や踊りなどの例を考え、シェアする事に一生懸命である。
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「言語グリッド」は言語の違う人をつなげる手助けをしてくれる。言語グリッドは、情報通信研究機構(NICT)によって開発され、非営利ユーザーとして、京都大学社会情報学研究科が実用化した。ここでの「グリッド」とは、官民142団体の機械翻訳システム、17カ国のオンライン辞書を利用した無料オープンソースのネットワークを意味している。 言語グリッドは、瞬時に入力された母国語を翻訳しコンピューター上に表示するので、子供達は母国語を用いて短いメッセージをやりとりすることができる。


森と高崎はこれらの開発貢献を「ピースエンジニアリング」と表現する。高崎や他のコンピューターのソフトウェアやハードウェアの技術者は、パンゲアのためにプログラムの開発に一丸となる。そこでの一番の報いは、彼らの努力が今日、多くの科学技術プロジェクトが関わっているような軍事・防衛の類いではない平和推進につながっているとわかることである。


遠い国というものは、私たち、特にこどもにとっては、抽象的な存在である。他国に対する知識はたいていが家族や友達から聞いた内容によって描かれる。子ども達が直接、他国の同年代の子ども達と一度触れ合うと、その抽象的な存在は具体化されていく。ある少年がパンゲアアクティビティに参加した直後、ケニアで地震のニュースを耳にした。その翌日、彼は、ケニアの人々は安全な状態なのか、自分に手助けできる事はあるかどうかを校長先生に尋ねた。少年は自分がケニアの事を心配しているのは、パンゲアに参加してケニアの少年と友達になったからであると説明した。パンゲアの体験を介して、彼にとってケニアはより現実のものになっていたのである。
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アクティビティに参加する子ども達をみると、参加前に比べて、他国の子供達が自分達と似通っていると感じ始めていることが見て取れる。パンゲアアクティビティは、子ども達が両親、祖父母から受け継いでいる偏見をなくす事さえできる。参加者はアクティビティの参加前後でアンケートを受ける。あるアクティビティの前、「わたしはとてもとても日本が大好きです。」という質問に同意するかどうかを韓国の子ども達は尋ねられ、27%のこどもしか同意しなかった。アクティビティ後、日本は好きではないと言っていたひとりの子供が、「日本の子供達はいい人。もう一度一緒に遊びたい。」と書いた。アクティビティの後、韓国の子供達が日本に好感をもった割合は62パーセントに上昇した。


日本の参加児童があるワークショップから家に帰ってきた後のことを、保護者が振り返った。
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皆と思っていた以上に仲良くなれたそうで、特に韓国の子たちと意気投合した話を聞かせてくれました。私の娘と話した後、私はちょっと意地悪な質問かなと思いつつも、娘に、「テレビとか新聞とかで、韓国と日本ってあんまり仲良くないように言ってるけど、実際会った韓国の子はどうだった?」 と聞いてみたのです。すると娘は、「それは大人の問題でしょ?大人が『嫌い』って言ってるだけで、私達は全然そんなこと無いよ。とっても仲良くなったし、 みんなすごくいい子ばっかりだったよ。」ときっぱりと答えてくれました。
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KISSY

(キッシー:異文化交流サマースクール)
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2013年パンゲアはプログラム活動開始から10周年を迎えました。2014年の夏には、「KISSY(Kyoto Intercultural Summer School for Youths)」という新しいプログラムを始めました。6日間に渡って、日本、韓国、カンボジア、ケニアから23人の子供たちが、ピースエンジニアリングに関するパンゲアの活動の一つである、このサマーキャンプのようなプログラムに参加しました。


KISSYプログラムは、パンゲアの活動拠点とインターネットを経由して公募されました。カンボジアとケニアでは、現地のパンゲアリーダーが子供たちを選抜しました。両親や家族が海外を訪問したことがなく、かつ、その子が、プログラムに参加したいと心から思っていることをパンゲアは選抜過程における優先順位として求めました。 重要なスポンサーである京都大学でプログラムが開催されました。子ども達は京都のユースホステルに滞在し、異なる国から集まった子供たちは部屋を共同で利用しました。23人の子供たちが参加し、その週のスローガンは、「22人の友達を作ろう!」でした。


ナイロビのキベラからの参加者のミシェル・オカロさんは、KISSYでの経験を次のようにコメントしています。
「日本では、スタッフの皆さんを含め22名のお友達ができました。差別なく、誰をも平等に扱う日本という国が大好きです。(中略) 心の底から日本を愛しています。礼儀正しい生活をしている皆さんは、 私のロールモデルであり、ユミ、Mr.ミテイにはそのご支援に感謝を申し上げます。」 最初のKISSYプログラムは大成功でした。次回も既に2015年7月31日から8月7日を予定して企画されています。 パンゲアは、子供たちがお互いについて学び、文化の違いを尊重することを教え、偏見や無知から生じる障壁を取り払うことに成功しています。同様の信念を持って共通の目標に向けて頑張っている人々はお互いを理解しあえます。ビューポイントリサーチとパンゲアもこのようにして結びつきました。両組織の中心には、人間は異なることよりも似ていることのほうがより多いということについて理解することへ教育が導くことができるという考え方があります。私たちは、異文化を理解し、それを恐れるのではなく、尊敬することができるようになります。
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「もし、私に翼があれば、今すぐ飛んで日本に行きたい。」
-パンゲアのウェブカムアクティビティに参加した後のケニア、ナイロビの12歳の少女の言葉です。