最初に手渡されたのは、あいさつなどを各国の言葉で書いたカードです。これだけではコミュニケーションはとれません。多言語に対応した機械翻訳も利用します。パソコンに文章を打ち込むと他の子のパソコン画面には、その子の国の言葉で表示されます。
子どもたちはパソコンで話しながらコンセプトを練りました。言葉では表現できないことは、イラストにしました。次第に言葉の壁を乗り越えていったのです。
あるチームは「平和を運ぶ希望の列車!」を造った。誰でも国境を越えて旅行ができる。チケットの値段をいくらにするか。「一万円」「二万円」。その時「高いと買えない人がいる」という意見が出た。結論は無料。「優しい人、親切な人、武器などを持っていない人」がドリームチケットをもらえる、となった。
別のチームは「夢の学校」がテーマ。ケニアから参加した少女が、ケニアで愛唱されている「ハクナ・マタタ」をパソコンで演奏できるようにした。長い時間をかけて音を一つずつ打ち込んでいった。その姿を見て、発表会では全員で歌うことを決めた。
実施したのはNPO「パンゲア」(森由美子理事長)です。
五大陸は一つだった
パンゲアは、二億年前にあった超大陸の名前です。それが離ればなれになって現在の五大陸が生まれました。五輪マークは五大陸の象徴で連帯を表しています。どこかで通じているようです。
パンゲアはインターネットを通じて世界の子どもたちが「出会い」「伝えあい」「つながる」活動を二〇〇三年から続けています。東京や千葉、三重にも拠点があります。子どもたちが多様性を認め合う経験を共有し、思いやりを育むことを狙っています。それが平和への寄与につながると。
「話を聞くと誰もが笑い出す」と森さん自身が話すほど現実離れした目標ですが、内外の研究者が協力しています。企業もです。
子どもたちが使う機械翻訳は、国立研究開発法人情報通信研究機構が開発した多言語に対応した機械翻訳サービスを元に、パンゲア用に作られています。京都大学大学院情報学研究科の石田亨教授が全面的に協力しています。
ところで、東京五輪の課題の一つが、海外から訪れる観客への対応です。すでにJRや私鉄、地下鉄などの事業者が「公共交通オープンデータ協議会」をつくり、研究を進めています。問題は、言葉の壁です。自動翻訳が間に合うかどうか、現状は微妙なようです。「でも」と石田教授。「すべての状況に応じた翻訳は難しいが、パンゲアのような、ある条件下での翻訳には使えるようになる」と言います。
たとえば、京大構内を「東大路」という道路が南北に通っています。自動翻訳では、よく使われる言葉が優先するので「東大」と「路」に分けて「トウダイ・ストリート」と訳されることがあります。しかし、情報学研究科と京大生協が京都用の翻訳辞書を作った機械翻訳では京都の地名が優先されるので「ヒガシオオジ・ストリート」と正しく表記されました。
ホテル用、地下鉄用、コンビニ用といった専用の辞書を作れば、完璧ではなくても実用に耐えるものは生まれそうです。
おもてなしの決め手
海外の機械翻訳は英語が中心だそうです。英語が苦手な人が多い日本で成功すれば、英語圏でない人にも使い勝手がよい機械翻訳になるでしょう。
言葉の壁が低くなれば「おもてなし」はうまくいくのでしょうか。冒頭に紹介した作品作りで、子どもたちは、思いやりや連帯の大切さを教えてくれました。
おもてなしがうまくいけば、多様性を認め合う人が増え、世界平和に役立つかもしれません。せっかくの五輪です。そんな夢を見たいものです。