森由美子はMIT(マサチューセッツ工科大学)で仕事がありアメリカにおりました。もうひとりの創立者である私も、当時MITで客員研究員をしていました。私達はサンフランシスコで打ち合わせがあるため、11日にUA93便に乗る予定だったのです。 ところが10日のニュージャージの打ち合わせがずれ、3日前にキャンセルをしていました。
あの日以来、アメリカではイスラム教の人々やアラブの人々に対して「不気味」だとか、「怖い」といった声が多く聞かれているのを見て、イラン人やイラク人の友人がいた私たちは危機感を持ちました。こうしたヘイトスピーチが、事実を把握しないまま生まれていることが明確だったからです。「国」というのも個人の集合体。その中には、いい人もいれば悪い人もいる。こうしてプロジェクトパンゲアがMITメディアラボで立ち上がりました。そこでは常に、”世界をより良い場所にするために私たちにできることはないだろうか?”と考えていました。
ユニバーサルプレイグラウンド
パンゲアは2003年設立の特定非営利活動法人です。
2005年10月20日、ユネスコで可決された『文化多様性条約』を支持し、参加したこどもたちが文化の多様性を尊重し、社会的な背景によらず個々人を受け入れることができるようになる場所を構築することを目指しています。
最先端のICTを活用し、世界中のこどもたちが、言語、距離、経済環境、文化の違いの壁を越えて個人的なつながりを感じることができる、”ユニバーサルプレイグラウンド”を構築しました。京都に本部を構え、国内では東京、千葉、京都、三重に、また、海外ではソウル(韓国)、ナイロビ(ケニア)、プノンペン(カンボジア)に拠点があります。
これまでに、小学3年生から中学3年生までのこどもたち6000人以上が、500を超えるパンゲアアクティビティに参加しました。このアクティビティは、350名を超える登録ボランティアが世界各国から支えてくれています。パリの国連本部、韓国のMIZYセンター、ケニア国際博物館と様々なアイデア交換を行っているのですが、その中から生まれたアクティビティプログラムのひとつに”パンゲアパック”があります。大きな成功を収めているプログラムなので、世界各国のより多くの組織、センター、グループに展開していきたいと考えています。
インタラクティブプログラム
パンゲアでは、参加体験型ワークショッププログラムを”パンゲアアクティビティ”と呼んでいます。これは、9歳から15歳を対象にした1年単位のプログラムで、月に1から2回活動します。
また、パンゲアにはひとつしかルールがありません。それは、”人の嫌がることはしない”です。このルールのもとで、こどもたちは独自の考え方を培い、成長していきます。
パンゲアアクティビティには”ローカルアクティビティ”と”Webcamアクティビティ”の2種類があります。ローカルアクティビティは、こどもたちがそれぞれの拠点に集まり、実際に顔を合わせて行うアクティビティです。参加者はパンゲアネットと呼ばれる、時間帯が異なる国の参加者との効果的なコミュニケーションを支える安全なネット環境を活用し、アニメーション、写真、絵などの作品を作り、共有します。年間プログラムを通して、こども達は異文化への興味やコミュニケーションスキルを養い、他者への配慮を身につけていきます。
Webcamアクティビティは、年に数回行われる国内外の拠点をリアルタイムでつなげ、コミュニケーションするプログラムです。ローカルアクティビティでメッセージのやりとりをしていた遠い拠点のともだちと直接顔を合わせて交流したり、パンゲアオリジナルのゲームを楽しむことで、より深い「つながり」が生まれます。
パンゲアをお届けする
パンゲアでは、様々なアクティビティを世界の各拠点が自立的に実施できるように、『パンゲアパック』を提供しています。パンゲアパックは、『パンゲアマスターマニュアル』『アクティビティ運営スタッフ講習』『パンゲアネット・システム』の3点から構成されており、各拠点で効果的なアクティビティ実施を可能としています。
パンゲアマスターマニュアルとは、アクティビティを運営する上で知っておいて頂きたい情報として、活動の目的とその達成のための手法・ファシリテーションの仕方、メニュー実施手法や素材、技術操作などを網羅的に記載したマニュアルです。アクティビティ運営スタッフ講習は、安全で円滑なプログラムの運営のために全スタッフに受講してもらい、研修を終えたスタッフにはパンゲア認定書発行します。パンゲアネットシステムは、ユニバーサルプレイグラウンドのネットワークソフトウエアで、安全なウェブアプリケーションとして提供されます。これまでに、公立学校、ユースセンター、大学、商業施設にこのパンゲアパックをお届けしてきました。ボルネオ島(マレーシア)のジャングルの中にあるコミュニティセンターにもお届けしました。参加拠点を広げていこうと日々努力をしているところです。
ピースエンジニアリング
パンゲアでは、パンゲアプログラムの開発工程を”ピースエンジニアリング”と呼んでいます。技術ボランティアはパンゲアのプログラムを開発する際、自分たちの活動が平和促進につながっていること、また近年多くの開発ブロジェクトが関わっているような防衛や軍備には関係ないことを知り、やりがいを感じてくれます。
パンゲアネットは使い勝手のいいプラットフォームで、こどもたちはこの環境の中で自分たちの顔・声・作品を紹介します。パンゲアネットのテーマは”4クリックで地球に到着”です。ここには”家・村・国・地球"という4つのレベルのコミュニティーがあり、それぞれ異なるやりとりとしながら、4クリックで自分の家から地球に辿りつけます。"パンゲアム"と呼ばれるサイバーミュージアムを導入し、より楽しく、交流を深める場所を作りました。ここでこどもたちは自分が気に入った作品を展示したり、意見交換をすることができます。
国際交流プログラムで一番大きな課題は言葉の壁です。多くの国際交流プログラムは英語をコミュニケーション言語とします。でも、私たちは英語が苦手なこどもたちにも同じコミュニケーションの機会を提供したいと思いました。世界の大半の人々は英語を母国語としていません。ですから、パンゲアではピクトグラムと機械翻訳という多言語コミュニケーションツールを使います。私たちには、10年以上に渡る機械翻訳の知能プログラムとソフトウエアの研究開発を行ってきた実績があります。
パンゲアネットには多言語のグリーティングカードがあり、テキストとピクトンと呼ばれる絵文字を組み合わせメッセージを作成し、カードを交換します。参加者の母国語で書かれたテキストは機械翻訳ロボット”ゲンゴロウ”が自動的に翻訳します。機械翻訳は、独立行政法人情報通信研究機構が開発を行い、京都大学情報学研究科が運営する”言語グリッド”で行っています。
違いを乗り越える
韓国の参加者の参加前後の調査結果
パンゲアでは参加前後にこどもたちからアンケートを取っています。上の円グラフは韓国のこどもたちがWebcamアクティビティプログラムに参加した際のアンケート結果になります。参加前は、知らない日本人に対してネガティブな印象を抱いている傾向がありました。これは日韓の歴史的背景によるものであると思われます。しかし参加後のアンケートでは、こどもたちのネガティブな感情や先入観がポジティブに変わっていることがわかります。パンゲアアクティビティがこどもたちの感情的なつながりを生み、当初の誤解を乗り越えるお手伝いができたひとつの例になります。
私たちが暮らすこの世界には、まだまだ文化の違いによる偏見、差別、虐待、対立が存在します。大切なのは、私たちのこどもたちがよりよい世界を作り上げられる基盤を用意することです。パンゲアは、様々な形で世界に向け形で価値を提供してきました。”違う”という先入観を覆し、今よりも平和な世界を築く力を秘めたこどもたちとともに、パンゲアは歩み続けます。